東京高等裁判所 平成4年(行ケ)18号 判決 1993年11月25日
東京都中央区銀座5丁目13番16号
原告
新日鐵化学株式会社
代表者代表取締役
森口圓二
訴訟代理人弁護士
中村智廣
同弁理士
成瀬勝夫
同
小泉雅裕
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
指定代理人
田中靖紘
同
松村貞男
同
脇村善一
同
田辺秀三
主文
特許庁が昭和63年審判第15758号事件について平成3年12月5日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者が求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和59年10月26日、特許庁に対し、名称を「自己消炎性スチレン系樹脂組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)についての特許出願をしたところ、昭和63年6月16日、拒絶査定を受けたので、同年9月8日、特許庁に対してこの拒絶査定に対する審判を請求した。
特許庁は、同請求を、昭和63年審判第15758号事件として審理したが、平成3年12月5日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
2 本願発明の要旨
共役ジエン系ゴム質重合体と芳香族ビニルモノマーをグラフト重合して得られた平均ゴム粒径が1~3μmのゴム変性スチレン系樹脂にハロゲン系難燃剤を1~15重量%の範囲内で配合してなる着火後溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物。
3 審決の理由
審決の理由は別紙昭和63年審判第15758号審決書写し理由欄記載のとおりである(但し、同写し3頁9行目(A)とあるは(C)の誤記である。)。
4 審決を取り消すべき事由
(1) 審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載、引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)における「通常のハロゲン含有防炎剤」は本願発明における「ハロゲン系難燃剤」に対応すること、引用発明におけるハロゲン系難燃剤の配合量の1~20重量部が、重量%に換算すると、本願発明における1~15重量%を含むことは明らかであるので、両者のハロゲン系難燃剤の配合量は、重複することは認め、その余は争う。
(2) 取消事由
<1> 一致点の認定の誤り及び相違点の看過1(取消事由1)
審決の「共役ジエン系ゴム質重合体と芳香族ビニルモノマーをグラフト重合して得られたゴム変性スチレン系樹脂にハロゲン系難燃剤を配合してなる自己消炎性スチレン系樹脂組成物である点で一致する。」との認定は、下記のとおり、誤りである。
引用発明の自己消火性の熱可塑性成形材料は、ゴム変性スチレン系樹脂70~10重量部とポリフェニレンエーテル30~90重量部とからなるポリマーアロイであって、樹脂成分のうちの30~90重量%がポリフェニレンエーテルであることが必須である。
これに対して、本願発明の自己消炎性スチレン系樹脂組成物においては、その樹脂成分としてポリフェニレンエーテルを含有せず、ゴム変性スチレン系樹脂からなるものであり、この点で両者は異なる。
すなわち、本願発明の自己消炎性スチレン系樹脂組成物は、自己消炎性のみならず、表面状態、すなわち成形品の外観、特に表面光沢(つや)においても優れているものである。これに対して、引用発明の自己消火性の熱可塑性成形材料は、その樹脂成分がポリフェニレンエーテルとゴム変性スチレン系樹脂とのポリマーアロイであってその成形品がつや消し表面を有することを前提に、加工条件に依存しないつや消し表面を得るものであり、両者はその用途、性質、性能等においても異なるものである。
したがって、両者は樹脂組成物としては異なるものである。
しかるに、審決は、引用発明と本願発明との対比において、その樹脂成分中のゴム変性スチレン系樹脂が共通することがあるという点にのみ重点を置き、引用発明の熱可塑性成形材料の樹脂成分がポリフェニレンエーテルとゴム変性スチレン系樹脂とのポリマーアロイであることを無視して、スチレン系樹脂組成物である点で一致するとし、両者が樹脂組成物として相違することを看過した。
<2> 一致点の認定の誤り及び相違点の看過2(取消事由2)
審決のゴム変性スチレン系樹脂中のゴム粒子の平均粒径に関する「≦1.5μmの平均粒度のものを多量有し、>3μmの平均粒度のものを少量有するものは、全体としてみると、その平均ゴム粒径が本願発明における1~3μmを含むことは、明らかであるので、両者のゴム変性スチレン系樹脂の平均ゴム粒径は、重複する。」との認定は、下記のとおり、誤りである。
審決は、本願発明と引用発明の平均ゴム粒径を比較して両者は重複するとしたが、引用発明の構成は、ゴム変性スチレン系樹脂中のゴム粒子について、ゴム粒子全体についての粒径分布をみた場合、≦1.5μmの領域と>3μmの領域とにそれぞれ粒径分布のピークが存在することを規定したにすぎないものであり、全体としての平均ゴム粒径を問題にしているわけではない。
すなわち、引用発明の「(A)の成分の98~10重量部が≦1.5μmの平均粒度を有し、かつ2~90重量部が>3μmの平均粒度を有する」との構成は、一方の小さいゴム粒子の平均粒径にはその下限はなく、また、他方の大きいゴム粒子の平均粒径にはその上限がない。このため、全体としての平均ゴム粒径を問題にすると、引用発明における平均ゴム粒径は、極めて小さなものから極めて大きなものまでの全てを包含してしまう。言い換えれば、ゴム変性スチレン系樹脂の全てが包含されてしまうことになるので、引用発明の上記構成は全く規定されていないのと同じことになってしまい、引用発明がゴム粒子の平均粒径を特定している意義が失われてしまうのである。したがって、本願発明と引用発明との対比において、全体としてのゴム粒子の平均粒径を比較して、両者の平均ゴム粒径は重複するとした審決の認定は誤りである。
したがって、審決は、引用発明の構成要件であるゴム粒子の平均粒径の分布割合について、誤って解釈した結果、本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り、相違点を看過した。
<3> 相違点の認定及び判断の誤り(取消事由3)
審決の、引用発明ではポリフェニレンエーテルを自己消炎性スチレン系樹脂組成物が熱火炎で点火した後に数秒で消火しかつ燃焼しながら滴下しないものとする目的で用いられるとの認定は誤りである。
審決は、引用発明において、ポリフェニレンエーテルが自己消炎性スチレン系樹脂組成物を熱火炎で点火した後に数秒で消火しかつ燃焼しながら滴下しないもの(すなわち、着火後非溶融滴下型のもの)とする等の目的で使用されることは、引用例に記載されていると摘示しているが、引用例には、かかる記載あるいは上記目的を示唆する記載はない。
引用発明において、ポリフェニレンエーテルは、着火後溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物を着火後非溶融滴下型とする目的で使用されているものではない。すなわち、ポリフェニレンエーテルは、それ自体が極めて優れた耐熱性や電気的特性を有するものであるが、その優れた耐熱性の故に成形加工性に乏しく、また、高価である。そのため、成形性に優れたゴム変性スチレン系樹脂等とブレンドすることが行なわれているものであり、引用発明においても、ポリフェニレンエーテルはゴム変性スチレン系樹脂とのポリマーアロイとして使用されているものである。
したがって、引用発明において樹脂成分の一部として使用されているポリフェニレンエーテルは、ゴム変性スチレン系樹脂を、「熱火炎で点火した後に数秒で消火しかつ燃焼しながら滴下しないものとする」目的、言い換えれば、着火後溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物を着火後非溶融滴下型にする目的で使用されているものではなく、ポリフェニレンエーテルやゴム変性スチレン系樹脂がそれぞれ単独では有しない新しい性能を引き出すために、あるいは、付与するために、ポリマーアロイの一成分樹脂として、使用されているものである。
ゴム変性スチレン系樹脂にポリフェニレンエーテルを配合してもそれだけでは着火後非溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物になるものではないというのが一般技術常識である(甲第11号証)。
審決は、上記のとおりの誤った相違点の認定に基づいて、自己消炎性スチレン系樹脂組成物を熱火炎で点火した後に数秒で消火しかつ燃焼しながら滴下しないもの(すなわち、着火後非溶融滴下型のもの)とする等の目的を特に要しない場合、ポリフェニレンエーテルを用いることなく着火後溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物とすることは、当業者が容易になし得る程度のことであると、誤って判断した。
上記のとおり、引用発明において、ポリフェニレンエーテルは、着火後非溶融滴下型のものとする目的で使用されるものではないから、審決の、かかる目的を有しない場合、ポリフェニレンエーテルを用いなくすることは、当業者が容易になし得ることであるとの判断は明らかに誤りである。
さらに、前記<1>及び<2>の主張の点において、本願発明の自己消炎性スチレン系樹脂組成物と引用発明の自己消火性の熱可塑性成形材料とは相違しており、本願発明の自己消炎性スチレン系樹脂組成物は、引用発明の自己消火性の熱可塑性成形材料から単に樹脂成分の一つであるポリフェニレンエーテルを取り除いただけにすぎないものであるとはいえない。
さらに、ポリフェニレンエーテルを用いないゴム変性スチレン系樹脂組成物においても、その平均ゴム粒径の大きさや使用されている難燃剤の種類や使用量によっては、自己消炎性を全く失ったり、顕著な物性の低下を引き起こすものであるところ、引用発明には、本願発明の構成である1~3μmのゴム変性スチレン系樹脂にハロゲン系難燃材を配合すると表面状態や物性を損なうことなく「着火後溶融滴下型の自己消炎性」を達成するという点の開示はないから、引用発明の自己消火性の熱可塑性成形材料において、ポリフェニレンエーテルを用いなければ、本願発明の構成の着火後溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物を得るものとはいえないものである。
したがって、審決の相違点についての上記判断は誤りである。
<4> 作用効果の看過(取消事由4)
本願発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用することによって、目的とする自己消炎性(UL規格94V-2)を達成すると同時に優れたアイゾット衝撃強度や熱変形温度等の物性を維持し、しかも、表面状態も損なわれることのないものであり、特に成形品の外観が重要視される分野、例えば、VTRのフロントパネルやポータブルタイプのOA機器(ファックスプリンター、電動式鉛筆削り機、家庭用分電盤等のキャビネット等)の分野で使用される自己消炎性樹脂組成物として極めて有用である。そして、この様に、自己消炎性(UL規格94V-2)、強度等の物性及び表面状態のいずれにおいても満足し得る樹脂組成物は従来に例をみない画期的なものである(甲第7号証の昭和63年10月7日付け手続補正書添付の全文訂正明細書7頁ないし10頁)。
これに対して、引用発明は自己消炎性という観点からのみ着目すればUL規格94V-0又はV-1を達成する優れているものであるが、成形品の表面についてはつや消し表面を目的とする分野のものである。
しかるに、審決は、上記のような本願発明の格別の効果を看過し、本願発明の効果は格別のものではないと誤って判断した。
第3 請求の原因に対する認否及び主張
1 請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。
2 本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。
(1) 取消事由1について
原告主張のとおり、引用発明の自己消火性の熱可塑性成形材料は、ゴム変性スチレン系樹脂70~10重量部とポリフェニレンエーテル30~90重量部とからなるポリマーアロイであることは認めるが、かかる組成の樹脂組成物もまた、ゴム変性スチレン系樹脂を主成分として含有するスチレン系樹脂組成物である。
そして、引用発明における「自己消火性」と本願発明における「自己消炎性」と同義であり、引用発明における「通常のハロゲン含有防炎剤」は本願発明における「ハロゲン系難燃剤」に対応することは原告も認めるところである。
したがって、引用発明における「自己消火性の熱可塑性成形材料」は本願発明における「自己消炎性スチレン系樹脂組成物」に対応し、両者は、共役ジエン系ゴム質重合体と芳香族ビニルモノマーをグラフト重合して得られたゴム変性スチレン系樹脂にハロゲン系難燃剤を配合してなる自己消炎性スチレン系樹脂組成物である点で一致するとした審決の認定に誤りはない。
なお、引用発明がポリフェニレンエーテルを用いる点については、審決は相違点として捉えているので、審決の上記認定の一致点の認定を誤りとするものではない。
(2) 取消事由2について
引用例には、「本発明の成形材料中に含有されるべきスチレン重合体は、例えば、0.5μmの平均粒度を有する重合体80重量部と、6μmの平均粒度を有する重合体10重量部とを混合するか、又は例えば1μmの平均粒度を有する重合体61重量部と、6μmの平均粒度を有する重合体4重量部とを混合することにより得ることができる。」(甲第8号証の2の2頁5欄6行ないし13行)旨記載されている。ここに例示された二例は、≦1.5μmの平均粒径のものを多量有し、>3μmの平均粒径のものを少量有するものにあたり、これらにつ いて、ゴム変性スチレン系樹脂の混合後の平均ゴム粒径を計算すると、1.1μm、1.3μmとなり、これらの平均ゴム粒径が本願発明の構成要件である1~3μmの範囲に含まれていることは明らかである。
したがって、審決のこの点についての認定に誤りはない。
(3) 取消事由3について
引用発明の自己消火性スチレン系樹脂組成物が熱火炎で点火した後に数秒で消火しかつ燃焼しながら滴下しないもの(着火後非溶融滴下型のもの)であることは引用例に記載されている(甲第8号証の2の2欄ないし3欄)ところ、耐衝撃性ポリスチレン系樹脂(ゴム変性ポリスチレン樹脂)及びこれにハロゲン系難燃剤を混合したものが着火後溶融滴下性であることは、技術常識であり(乙第1、第2号証)、また、ポリフェニレンエーテルが着火後非溶融滴下性であることも技術常識である(乙第3、第4号証)。してみると、ポリフェニレンエーテルが自己消火性スチレン系樹脂組成物を着火後非溶融滴下性のものとする等の目的で使用されていることは、引用例に記載されているものといえる。
したがって、かかる目的を特に要しない場合、ポリフェニレンエーテルを用いることなく、着火後溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物とすることは、当業者が容易になし得る程度のものである。
(4) 取消事由4について
表面光沢が耐衝撃性ポリスチレン系樹脂(ゴム変性ポリスチレン樹脂)の特質であることは、かかる樹脂の係わる技術分野において、よく知られている(乙第5、第6号証)ので、引用発明の自己消火性ポリスチレン系樹脂組成物からポリフェニレンエーテルを除くと表面光沢を有する成形物が得られることは当業者が容易に予測できる。
原告主張の本願発明のアイゾット衝撃強度や熱変形温度等の物性に係る効果は、平均ゴム粒度及びハロゲン系難燃剤添加量に基づく効果であるところ、本願発明と引用発明とは平均ゴム粒度及びハロゲン系難燃剤添加量において重複するのであるから、引用発明も当然に上記物性に係る効果を有しているものといえる。
したがって、本願発明の物性に係る効果は、格別のものとはいえない。
第4 証拠関係
証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1(1) 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由)は、当事者間に争いはない。
(2) 審決の理由中、審決摘示の引用例の記載、及び引用発明における防炎添加剤が通常のハロゲン含有防炎剤であればよく、これが本願発明におけるハロゲン系難燃剤に対応し、前者の配合量の1~20重量部が後者における1~15重量%を含むから両者のハロゲン系難燃剤の配合量が重複することは当事者間に争いがない。
2 本願発明の概要
成立に争いのない甲第7号証(昭和63年10月7日付け手続補正書)によれば、本願発明は、アメリカ合衆国UL規格の94V-2に適合する、自己消炎性の着火後溶融滴下型(以下「滴下型」という。)のスチレン系樹脂組成物に関するものであること、従来のハロゲン系難燃剤を配合した自己消炎性ゴム変性ポリスチレンにおいて、94V-2の基準に合格するためには、物性、成形性を犠牲にして難燃剤を多量に添加する必要があったこと、本願発明は、特許請求の範囲記載の構成を採択することによって、比較的少量のハロゲン系難燃剤を使用し、着火後溶融滴下性(以下「滴下性」という。)を有する優れた自己消炎性を発揮し、かつ、表面状態や物性強度、特にアイゾット衝撃強度や熱変形温度においても効果を奏する自己消炎性スチレン系樹脂組成物を提供するものであることが認められる。
3 原告主張の審決の取消事由について検討する。
(1) 取消事由1及び3について
<1> 成立に争いのない甲第8号証の2(特開昭57-153035号公報、引用例)によれば、引用例には、「本発明において適当なゴムは、…ブタジエン共重合体が適当である。本発明の…、耐衝撃性に改良された重合体は、ゴムの存在下にスチレンを重合させることにより製造される。…、重合は、…まずゴムを重合可能な単量体中に溶かしかつ該出発溶液を重合させる。」(2頁6欄2行ないし15行)、「溶液中で重合させる際には、…重合の第1段階、即ちモノビニル芳香族の反応率が…。」(3頁7欄下から1行ないし8欄4行)、「このようなプロセスの他に、グラフト反応が進行し、この際にゴム分子とポリビニル芳香族化合物との間の化学的結合によって両成分からなるグラフト共重合体が形成される。」(3頁9欄13行ないし16行)との記載があり、上記記載及び当事者間に争いのない本願発明の要旨及び審決摘示の引用例の記載によれば、引用発明と本願発明とは、共役ジエン(共役ジエンの一例がブタジエン)系ゴム質重合体と芳香族ビニルモノマー(単量体)をグラフト重合(グラフト共重合と同義)して得られたゴム変性スチレン系樹脂にその配合量において重複するハロゲン系難燃剤(引用発明における「通常のハロゲン含有防炎剤」。)を配合した自己消炎性(弁論の全趣旨によれば自己消火性と自己消炎性とは同義であることについては原告の明らかに争わないところである。)のスチレン系樹脂組成物である点で一致することが認められる。
原告は、引用発明の樹脂組成物における樹脂成分が、ポリフェニレンエーテルとゴム変性スチレン系樹脂とのポリマーアロイであるのに対して、本願発明の樹脂組成物における樹脂成分は、ポリフェニレンエーテルとのポリマーアロイではなく、ゴム変性スチレン系樹脂のみであって、両者は樹脂組成物としては異なるものであるから、両者がスチレン系樹脂組成物である点で一致するとした審決は誤りであると主張する。
しかし、審決の上記判断は、両者をスチレン系樹脂という上位概念で捉えたことによるものと解せられ、誤りということはできない。そして、ポリフェニレンエーテルの配合の点について、審決がこれを相違点として捉えていることは、ポリフェニレンエーテルを配合するか否かにより、両者が着火後の消炎(消火)態様を異にすると判断していることから明らかというべきであるから、原告の上記主張は理由がない。
<2> そこで、取消事由3に関連して、上記相違点に対する判断、すなわち、引用発明に係るポリフェニレンエーテルを配合した、着火後非溶融滴下型(以下「非滴下型」という。)の自己消炎性スチレン系樹脂組成物からポリフェニレンエーテルを配合しない本願発明に係る滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物を想到することの容易性を認めた審決の判断の当否について検討する。
前掲甲第8号証の2によれば、引用例には、審決が摘示する引用例の2欄ないし3欄に「ポリフェニレンエーテルが自己消炎性スチレン系樹脂組成物を非滴下型のものとするために用いられる」との直接的な記載のあることは認められず、引用例の他の箇所にもかかる記載は認められない。なお、引用例が引用する成立に争いのない甲第11号証の米国特許第3883613号明細書(1975年5月13日付け)、第13号証の米国特許第3809729号明細書(1974年5月7日付け)には、ポリフェニレンェーテルは一般的に自己消炎性及び非滴下性である(甲第11号証訳文下欄5行ないし8行、同第13号証訳文2頁9行)ことが記載されているが、ポリフェニレンエーテルが自己消炎性スチレン系樹脂組成物を非滴下型のものとすることを直接示唆する記載はない。
成立に争いのない乙第1号証(特開昭53-40047号公報)には、「耐衝撃性ポリスチレンは加工性にすぐれるので、広く一般に使用されているが、易燃性であり、しかも燃焼中溶融滴下を起こしやすいという欠点がある。」(1頁右下欄4行ないし7行)との記載、成立に争いのない同第2号証(特開昭53-43743号公報)には、「従来より、スチレン系樹脂に対して種々のハロゲン化有機化合物、…を添加し、難燃性を付与する方法が検討あるいは提案されている。これらの方法において、一応の難燃化は果たし得ても、燃焼時の溶融滴下防止は、容易でない。この溶融物滴下を防止するために、…などの無機化合物の添加、…、塩化ビニルなどの高分子物質などの添加などが試みられている」(1頁右下欄7行ないし17行)、「本発明におけるスチレン系樹脂とは、…ポリブタジエン系ゴムにスチレンモノマーを…グラフト重合して得られるグラフト重合体…を称する。」(2頁右上欄13行ないし左下欄6行)との記載、成立に争いのない甲第14号証(特公昭55-19261号公報)には、「ハロゲン系難燃剤を混合した自己消炎性ゴム変性ポリスチレンは、従来から特に薄肉物になるほど燃焼時において分解溶融した小塊物が滴下し易く、」(1頁2欄12行ないし15行)との記載があり、上記記載によれば、耐衝撃性ポリスチレン系樹脂(ゴム変性ポリスチレン樹脂)及びこれにハロゲン系難燃剤を混合したものが通常滴下性であることは、本願出願
(昭和59年10月26日)前、技術常識であったことは認められる。
次に、成立に争いのない乙第3号証(特開昭53-73248号公報)には、「ポリフェニレンエーテルが優れた難燃性を有し…自己消火性でありかつ非滴下性であるとして分類されていることは技術において公知である。」(3頁左上欄7行ないし11行)との記載、成立に争いのない同第4号証(特開昭52-128946号公報)には、「通常自己消火性で非滴下性のポリフェニレンエーテル樹脂」(3頁右上欄4行ないし5行)との記載があり、上記記載及び前掲甲第11及び第13号証の前記記載からは、ポリフェニレンエーテルが単独の物質として、自己消火性でありかつ非滴下性であることが本願出願前技術常識であったことは認められる。
しかしながら、これらの書証によるも、ポリフェニレンエーテルが単独の物質として、自己消火性でありかつ非滴下性であるからといって、ポリフェニレンエーテルを滴下性である耐衝撃性ポリスチレン系樹脂(ゴム変性ポリスチレン樹脂)及びこれにハロゲン系難燃剤を混合した自己消炎性スチレン系樹脂組成物に配合すれば、同組成物が当然自己消火性でかつ非滴下性となることを窺わせる直接的な示唆を見い出し得ない。
かえって、前掲甲第11号証の「ポリフェニレンエーテルとスチレン樹脂との組成物はこの技術においてよくしられており、…シゼック…の米国特許…明細書に記載されている。このような組成物は、ポリフェニレンエーテルが優れた難燃性を有し、…自己消炎性及び非滴下性として分類されているにもかかわらず、普通に燃焼性である。」(訳文下欄3行ないし8行)との記載、同13号証の「ポリフェニレンエーテルは、一般的に自己消火性及び非滴下性なので、この樹脂を含んだ組成物…は難燃性を示す。しかし、シゼック…の述べる組成物を形成するためにはスチレン樹脂を添加するので、できた成形混合物や製品は通常ならば燃焼し易い。…。しかもこの組成物は燃焼中に火炎を発して樹脂を滴下するという大きな欠点があり」(訳文2頁9行ないし15行)との記載によれば、ポリフェニレンエーテルを添加した樹脂組成物が必ずしも自己消火性でかつ非滴下性となるものではないと認められる。
しかし、自己消炎性スチレン系樹脂組成物として、滴下型の本願発明と非滴下型の引用発明を対比すると、前記のようにハロゲン系難燃剤の配合量が重複することは当事者間に争いがなく、また、後記のようにゴム変性スチレン系樹脂中のゴム粒子の平均粒径においても広い意味で重複がみられるから(この重複の技術的意義は後に検討する。)、結局樹脂組成物としてみる限り、両者は非滴下型のポリフェニレンエーテルを配合するか否かにおいてのみ相違するにすぎず、したがって、このポリフェニレンエーテルが引用発明に係る自己消炎性スチレン系樹脂組成物の非溶融滴下性(以下「非滴下性」という。)に寄与しているものと推認することができる。すなわち、前記のようにゴム変性スチレン系樹脂とハロゲン系難燃剤から成る自己消炎性スチレン系樹脂組成物が滴下性であることが技術常識である以上、ゴム変性スチレン系樹脂中のゴム粒子の平均粒径及びハロゲン系難燃剤の配合量をいかに設定しても、少なくともポリフェニレンエーテルを配合しなければ、同組成物が非滴下性のものとなることはないものと引用例を理解することに合理性あるものというべきである。
しかし、だからといって、引用発明における非滴下性がポリフェニレンエーテルを配合したしたことのみに基づくものであり、引用発明に係る自己消炎性スチレン系樹脂組成物において、ポリフェニレンエーテルを用いなければ本願発明に係る特許請求の範囲に記載の構成を備えた滴下型のスチレン系樹脂組成物とすることができると考えるのは早計である。優れた効果を奏する物質を他の組成物に配合しても、当然にそのような効果を併せ持つものが期待できるものではなく、そのためには、配合に当たって各種の配合条件の検討を要するものであることは広く知られているところであり(例えば、自己消炎性スチレン系樹脂組成物の発明に係る前掲甲第14号証((特公昭55-19261号公報))、難燃性樹脂組成物の発明に係る前掲乙第2号証((特開昭53-43743号公報))においてもその組成物質の配合量、配合割合等について種々検討されている。)、現に前掲甲第13号証(米国特許第3809729号明細書)に示されている、スチレン樹脂にポリフェニレンエーテルを添加した樹脂組成物において、樹脂が滴下した例は、この配合条件が整っていなかったものと推定される。
しかして、引用例においては、ゴム変性スチレン系樹脂中のゴム粒子の平均粒径、ハロゲン系難燃剤及びポリフェニレンエーテルの配合量等を検討のうえ、後記(2)<2>のような、表面つや消しの非滴下性の自己消炎性スチレン系樹脂組成物が発明されたものと認めるのが相当である以上、本願発明に係るゴム変性スチレン系樹脂とハロゲン系難燃剤により前記2認定のような表面光沢等を備えた滴下性の自己消炎性スチレン系樹脂組成物の想到性の難易について判断するに当たって、単純に引用発明の樹脂組成物からポリフェニレンエーテルを除外し、同樹脂組成物に配合されたゴム変性スチレン系樹脂中のゴム粒子の平均粒径、ハロゲン系難燃剤の配合量と比較するだけでは不十分であり、それぞれの数値の技術的意義を踏まえたうえで、検討されなければならない。審決は、引用発明において、ポリフェニレンエーテルが非滴下型とする目的で自己消炎性スチレン系樹脂組成物に使用されていることを理由として、かかる目的を有しない本願発明に係る滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物において、引用発明の自己消炎性スチレン系樹脂組成物からポリフェニレンエーテルを除外し残余の物質が共通していることから、特に技術的意義を検討することなくこれに関する数値を比較し、形式的な重複を捉えて本願発明の進歩性を否定しているにすぎないものと解せられるところ、かかる判断の手法は不十分であるといわざるを得ない。そこで、次に審決が両樹脂組成物において、ゴム変性スチレン系樹脂の平均ゴム粒径が重複すると判断したことの当否について検討する。
(2) 取消事由2について
<1> まず、本願発明の特許請求の範囲に記載された「平均ゴム粒径が1~3μm」の意義について検討すると、平均値を算出するに当たり、基礎となる複数の数値の大小の両端の値において余り大きな差があれば平均値を求めること自体の意義が薄れることになるから、同記載は特段の技術的要請がない限り、粒子自体の大きさにはそれ程のばらつきがなく、粒子の径が上記の数値の範囲内又はその近傍にあって、それらを平均した値が上記の値になることを意味するものと解するのが自然である。
<2> そこで、前掲甲第8号証の2によれば、引用例には、「本発明の課題は、熱火炎で点火した後に数秒で消火し、燃焼しながら滴下せず、かつ外見が加工条件には殆ど左右されない均一なつや消し表面を生じる、耐衝撃性に改質されたスチレン重合体及びポリフェニレンエーテルをベースとする熱可塑性成形材料を提供することであった。この課題は、本発明により、耐衝撃性に改質されたスチレン重合体、ポリフェニレンエーテル及び防炎添加剤から成っており、その場合使用された耐衝撃性に改質されたスチレン重合体の軟質成分の98~10重量%が≦1.5μmの平均粒度を有しかつ2~90重量部が4μmよりも大きい平均粒度を有する成形材料によって解決される。」
(2頁3欄5行ないし17行)、「本発明の成形材料は、使用された耐衝撃性に改質されたスチレン重合体の軟化剤の98~10重量部、有利には90~20重量部が≦1.5μm、有利には0.3-1.2μmの平均粒度を有しかつ2~90重量部、有利には10~80重量部が>3μm、有利には4~10μmの平均粒度を有することを特徴とする。」(2頁4欄8行ないし14行)、「軟質成分が異なった粒度を有する、耐衝撃性に改質されたスチレン重合体を相互に混合することもできる。本発明の成形材料中に含有されるべきスチレン重合体は、例えば0.5μmの平均粒度を有する重合体80重量部と、6μmの平均粒度を有する重合体10重量部とを混合するか、又は例えば1μmの平均粒度を有する重合体61重量部と、6μmの平均粒度を有する重合体4重量部とを混合することにより得ることができる。」(2頁5欄4行ないし13行)との記載があり、引用例添付の表には、平均粒径(引用例において用いられている粒度は粒径と同義と解される。)が小さいもの(≦1.5μm)と、平均粒径の大きいもの(>3μm)との両方を組み合わせて用いる実施例1ないし10と、平均粒径の小さいもの(≦1.5μm)のみ(比較実験AないしF)、あるいは組み合わせであるが組み合わせ割合が引用例の規定をはずれるもの(比較実験G)の比較例とを対照して記載し、つや消し度合いの均一性の点で引用発明の組み合わせが優れていることを示す記載がある。
これらの記載によれば、引用発明においてはポリフェニレンエーテルと共に樹脂成分を形成するゴム変性スチレン系樹脂中のゴム成分を平均粒径の小さいもの(≦1.5μm)と、平均粒径の大きいもの(>3μm)との両方を組み合わせて用いることが、技術的課題の解決手段の少なくとも一つとなっていることが明らかであり、全体における粒径の平均値を求めること自体にそれ程の技術的意義があるものと認めることはできない。
<3> 一方、前掲甲第7号証によれば、本願発明の全文訂正明細書は、「本発明者らは、優れた自己消炎性を有するだけでなく、その表面状態や物性においても優れた性能を有する自己消炎性ゴム変性スチレン系樹脂組成物について鋭意研究を重ねた結果、特定の平均ゴム粒径を有するゴム変性スチレン系樹脂に少量のハロゲン系難燃剤を配合することにより、自己消炎性だけでなく、表面状態や物性においても優れた性能を有する着火後溶融滴下型の自己消炎性ゴム変性スチレン系樹脂組成物が得られることを見出し、本発明に到達した。」(2頁下から6行ないし3頁4行)、「本発明においては、上記ゴム変性スチレン系樹脂中に存在するゴム粒子の平均粒径は1~3μm好ましくは1~2μmであることが必要である。このゴム変性スチレン系樹脂中の平均ゴム粒径は1μmより小さくなると、溶融滴下性についてはその性能が向上するが、物性、特に機械的強度の点でその性能が低下して好ましくなく、反対に3μmより大きくなると、ハロゲン系難燃剤の添加量を多くしないと溶融滴下性が不十分で自己消炎性が改善されない。」(4頁8行ないし17行)との記載及び実施例及び比較例(9、10頁)により、本願発明におけるゴム粒径の選択の意義を明らかにしていることが認められる。
しかして、前掲甲第7号証の本願発明の全文訂正明細書によるも、引用発明のように、技術的課題解釈のため、特に粒径の大きいものと小さいものを組み合わせる必要性を示す記載は見い出し難く、したがって、「平均粒径」の意義は前記<1>のとおり解すべきであるから、本願発明においては、単に平均粒径1~3μmであれば極端に大きい粒径のゴム粒子と極端に小さい粒径のゴム粒子が混合されていてもよいというのではなく、配合割合を1~15重量%とするハロゲン系難燃剤と組み合わせることにより、前記2認定の本願発明の効果が奏せられるものとして、全体の粒子の粒径はできるだけ単一で1~3μmの範囲又はその近傍に集中させて、樹脂組成物全体におけるゴム成分の平均粒径をこの範囲に収めることが本願発明の構成上必要であるとの観点から、上記の平均粒径の数値幅を選択したものと認められる。
してみれば、引用発明では、ゴム成分について平均粒径≦1.5μmの小さい粒子と平均粒径>3μmの大きい粒子とを組み合わせたところに意義があり、粒径の範囲を二つのピークに分布させるのに対して、本願発明では平均粒径1~3μmである単一の範囲にゴム粒子を集中させる構成を選択したものであって、その粒径の実質的分布状況は全く異なっているものと認められる。
確かに、被告主張のように、単純平均すれば、引用発明と本願発明のゴム粒子の平均粒径は重複する場合もあるが、それは計算上たまたまそのような結果が得られたというに止まり、本願発明におけるゴム変性スチレン系樹脂中のゴム粒子の平均粒径の選択を示唆するものということはできない。
したがって、特段の技術的意義を検討することなく、単に両者のゴム変性スチレン系樹脂の平均ゴム粒径が重複するとの理由でこの点において本願発明と引用発明の同一性を認めた審決の判断は誤りであり、この点を相違点としたうえで、その構成を想到することが容易であるか否かについて、技術的観点から判断すべきであるのに、審決がこの点に関する判断を欠いていることは明らかである。そして、この判断の欠如は、本願発明の構成要件の一つに係るものである以上、結論に影響すべき違法というべきであるから、取消事由4について判断するまでもなく、審決はこの点において、取消しを免れない。
4 よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)
昭和63年審判第15758号
審決
東京都中央区銀座5丁目13番16号
請求人 新日鉄化学株式会社
東京都港区新橋3丁目8番8号 上一ビル5階 中村・成瀬特許法律事務所
代理人弁理士 成瀬勝夫
東京都港区新橋3丁目8番8号 上一ビル5階 中村・成瀬特許法律事務所
代理人弁理士 中村智広
昭和59年 特許願 第223841号「自己消炎性スチレン系樹脂組成物」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年 5月22日出願公開、特開昭61-103958)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和59年10月26日の出願であって、その発明の要旨は、特許法第17条の2第4号の規定により、昭和63年10月7日付けの手続補正書で補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「1 共役ジエン系ゴム質重合体と芳香族ビニルモノマーをグラフト重合して得られた平均ゴム粒径が1~3μmのゴム変性スチレン系樹脂にハロゲン系難燃剤を1~15重量%の範囲内で配合してなる着火後溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物。」
これに対して、当審で平成3年5月30日付けで通知した拒絶理由に引用した、本願の出願前に日本国内において頒布されたことが明らかな特開昭57-153035号公報(以下、「引用例」という。)には、(A)耐衝撃性に改善されたスチレン重合体70~10重量部、(B)ポリフエニレンエーテル30~90重量部及び(C)防炎添加剤1~20重量部を含有する自己消火性の熱可塑性成形材料において、(A)の成分の98~10重量部が≦1.5μmの平均粒度を有し、かつ2~90重量部が>3μmの平均粒度を有するものとすること(第1欄特許請求の範囲)、前記(A)成分が共役ジエン系ゴム質重合体と芳香族ビニルモノマーをグラフト重合して得られたゴム変性スチレン系樹脂であること(第5欄~第10欄)、前記(A)成分が通常のハロゲン含有防炎剤であってよいこと(第18欄~第19欄)、前記自己消火性の熱可塑性成形材料が熱火炎で点火した後に数秒で消化しかつ燃焼しながら滴下しないものであること(第1欄~第2欄)がそれぞれ記載されている。
そこで、本願の発明(以下、「前者」という。)と引用例に記載されたもの(以下、「後者」という。)とを比較すると、後者における「通常のハロゲン含有防炎剤」は前者における「ハロゲン系難燃剤」に対応し、また後者における「自己消火性の熱可塑性成形材料」は前者における「自己消炎性スチレン系樹脂組成物」に対応するので、両者は、共役ジエン系ゴム質重合体と芳香族ビニルモノマーをグラフト重合して得られたゴム変性スチレン系樹脂にハロゲン系難燃剤を配合してなる自己消炎性スチレン系樹脂組成物である点で一致する。そして、後者における(A)の98~10重量部が≦1.5μmの平均粒度を有し、かつその2~90重量部が>3μmの平均粒度を有することは、前述のとおりであるが、かかる(A)において、≦1.5μmの平均粒度のものを多量(上限の「98重量部」近辺の量)有し、>3μmの平均粒度のものを少量(下限の「2重量部」近辺の量)有するものは、全体としてみると、その平均ゴム粒径が前者における1~3μmを含むことは、明らかであるので、両者のゴム変性スチレン系樹脂の平均ゴム粒径は、重複する。また、後者における、ハロゲン系難燃剤の配合量の1~20重量部が、重量%に換算すると、前者における1~15重量%を含むことは、明らかであるので、両者のハロゲン系難燃剤の配合量は、重複する。ただ、両者は、自己消炎性スチレン系樹脂組成物を、前者が、着火後溶融滴下型のものとするのに対して、後者は、ポリフエニレンエーテルを用いて熱火炎で点火した後に数秒で消火しかつ燃焼しながら滴下しないものとする点で相違するものと認められる。
次に、前記相違点について審究する。
引用例に記載された発明において、ポリフエニレンエーテルが自己消炎性スチレン系樹脂組成物を熱火炎で点火した後に数秒で消火しかつ燃焼しながら滴下しないもの(即ち、着火後非溶融滴下型のもの)とする等の目的で使用されることは、引用例に記載されている(第2欄~第3欄)ので、かかる目的を特に要しない場合、ポリフエニレンエーテルを用いることなく着火後溶融滴下型の自己消炎性スチレン系樹脂組成物とすることは、当業者が容易になし得る程度のことと認められる。
そして、本願の発明の効果をみても、格別のものと認めることができない。
以上のとおりであるので、本願の発明は、前記引用例に記載されたものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
なお、請求人が提出した平成3年10月24日付けの上申書の内容を検討したが、前記判断を覆す根拠を見出すことができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成3年12月5目
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)